不死の夏眼(ふしのなつめ)

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【 不死 】

夕刻。

虫の音が響く薄暗い林の中、風を切るように駆け抜ける一人の"くの一"の姿があった。

もうすぐ日が落ちる、本来であればとっくに仲間と合流しているはずだった。

少し開けたところで彼女が動きを止めたその場所は、合流地点からはだいぶ離れていた。

偵察任務からの帰り道、覗かれる様な視線に気が付いた彼女は、相手の出方を探りながら

味方に危険が及ばない場所を選び、敢えて道を外れて敵を引き付けることにしたのだ。

――殺気はない……でも、強い……――

素早さでは誰にも負けない自信があった彼女は、敵を振り切るつもりでかなりのペースを上げたのだが

まるで身体に纏わり付くようにずっと、その視線は彼女を離さなかった。

立ち止まったまま静かに相手の気配を探る……。

その間も視線は注がれている、彼女は自分が狙われていることを確信した。

そんなことは今までも幾度となく経験しているのだが、今回だけはそれとは違っていた。

彼女は少し焦っていた、こんなことは初めてだったからだ。

視線は今なお感じているのに、その気配をまったく感じないのだ。

完全に気配を消しながら、ここまでハッキリと視線だけを相手に突き付けるようなことが出来るのだろうか?

彼女には一つだけ心当たりがあった。

昔、今は亡き師匠から聞かされていたことを思い出していた。

「凛、吸血鬼には手を出すな」

当時からその存在の噂はあったものの、彼女を含め誰も信じていなかった。

だが、師匠は時おり呟くように口にした。

その時は死んでも逃げろと……。

辺りは次第に暗くなり、今だ涼しげな虫の音を風が運んでくる。

――姿は見えないのに、背後をとられているようなこの感覚、視線……――

彼女は意を決した。

「いつまで続けるつもりなの……」

そう告げた瞬間だった。

虫の音が止んだ。

そしてそれが合図だったかのように今まで影を潜めていた気配と殺気が彼女の周りで膨れ上がる。

――まずいっ!?――

だが、遅かった。

彼女がその場から離れようと顔をその先へ向けると、目の前に見知らぬ女性の顔があった。

この視線、間違いなく今まで感じていたそれだった。

「今更、どこへ行くのかしら?」

咄嗟に抜刀からの袈裟切りを放つも、手ごたえ無く刀が振り下ろされたその時には、女の顔は凛を真横から覗き込んでいた。

避けられた感覚すら無い、全く動きを捉えることが出来ない……。

下手に動けば殺られる、身動きが取れない凛の額から汗が一筋流れた。

「動けないの?」

見下すような笑みを浮かべる。

無駄だと分かっていても、もがく様に悪あがきをしてくるエサ達をあしらいながら、

死ぬまで生血を吸うのが彼女の楽しみ方だった。

「諦めたの?」

そう彼女が囁きかけた。

次の瞬間、吸血鬼の彼女ですらも無意識に身を引いてしまう程の殺気が、目の前の人間から放たれた。

何百年と生きている彼女ですら、これほどまでの殺気を人間から感じたことは初めてだった。

そしてそれは、彼女を心躍らせるには十分だった。

「私は凛、あなたは?」

スッとした目で自分を見つめてくるその人間からは、先ほどまでの焦燥感を全く感じない、寧ろ自信すら漂わせている。

「ナツメよ」

パキパキッと音を立てながら彼女の爪が鋭く伸びていく。

「その身なりと身のこなし、あなたも忍びなのね……吸血鬼の……」

ボロボロではあるが、脛当てや携えている刀は確かに忍者が使う物をナツメは身に着けていた。

「思い出よ、ずっと昔の」

「そう……」

お互いの殺気がぶつかり合う。

この状況で名前を聞くことは、死合いを意味していた。

――ガチャッ……

「?」

だが、凛は持っていた刀をその場で手放した。

そして、いぶかしい顔をするナツメにこう言った。

「このまま行かせて……」

見逃してくれ、ということなのか、しかし凛から放たれる殺気は依然として突き刺さるように感じられる。

「いやよ、あなたの血は格別だもの」

人間にしては稀に見る戦闘力を秘めている、ナツメは彼女との闘いとその血の味が楽しみで仕方がないのだ。

異質な殺気を込めながら微笑むナツメに、凛は動ずることなくもう一度聞いた。

「これが最後、私を行かせて」

「私を倒してからね」

――忠告はしたから――

その言葉がナツメの耳に届いたのと同時に、ズブッっと鈍い音が彼女の耳に残った。

ナツメは不思議に思った。

自分の意に反して、空中をゆっくりと舞っているからである。

だが、すぐに気が付いた、首を刎ねられたのだと……。

ドサっとナツメの胴体と首が地に倒れると、それを横目に凛は呟いた。

「できれば使いたくなかった、たとえ吸血鬼にでも……」

”首離拳(しゅりけん)”

文字通り、武器を持たずして徒手空拳で相手の首を飛ばす技で、凛の家系に伝わる禁じ手の一つである。

凛の使うソレはまだ未熟であるが故に素手ではなく彼女はクナイで代用しているが、その速さは先祖のスピードを凌駕していた。

一子相伝であり強力すぎるこの技の使用は、極力控えるようにと伝えられてきた。

癖になってしまうからである、相手の首を刎ねること自体を……。

「まだ、こんなところで諦めるわけにはいかないの」

そう言いながら自分の刀を拾い上げると、彼女は仲間の元へと暗い林の中へ消えていった。

気が付けば、いつの間にか虫の音が聞こえている。

ゆっくりとナツメの胴体が立ち上がると、自分の頭を両手で拾い上げた。

その顔は、凛が消えていった方へと向けられる。

「まさか、私の技を使うとはね……」

ナツメにしてみれば、首を刎ねられたところで、そのままでも凛を殺すことは容易い事だった。

だが、しなかった、いや、出来なかったのだ。

自分の直系の遠い孫が、今も忍びとしてこの現代まで生き抜いていたという事実に、戸惑っていたのだ。

忍びの末路は、何百年も生きてきたナツメだからこそ、よく分かっていた。

とうに、自分の家系は途絶えてしまったものだと思っていた。

当時、自分の編み出した技が今に至るまで代々伝わっていたなどと、想像もしていなかった。

ふと、ある計画を思いつく。

元祖忍者として、現代まで伝わることがなかった奥義を知り尽くすナツメである。

凛を育て強くし、そして自分の可愛い僕(しもべ)にすることに決めたようだ。

「凛、アナタまだまだ強くなるわよ」

彼女にとって何百年ぶりだろうか、こんなにワクワクするのは。

静かに頭を首に乗せると、傷一つ残らず繋がった。

「あ、その前にリヒテンシュタイン様に許可を貰わないとダメね……」

何やらブツブツ言いながらも、その表情は柔らかく、彼女の姿はゆっくりと闇に溶けていった。